仕事の流儀
仕事の仕方が変わった。
やりはじめはできる確信などないけど、余裕を持って取り組む。
できないけど、とりあえずできそうなことから手をつけると、芋づる式に調べていって気づいたら結構できあがる。
のってきたとき、神様が私の身体を借りて、代わりに仕事をしている感じ。私の力じゃない。二度とできないと思う。そんなんでいいのか⁉︎
ソースに繋がっているのだと思う。今ココにいられたら自動的にそうなる。気が自動補給される。
それでも、まだ強制力がいる。ほっとくと気がそぞろになる子供を、なんども机につかせるお母さんみたいな。
好きで夢中になることなら、いやいや机に向かうような感覚はないんだろうな。
神様の力を借りるには、まず動くことという。一歩踏み出したあとのことは考えない、とにかく一歩。
自分のやり方は捨てるけど、一歩踏み出すときには意志が必要なのだ。自我と意志を混同すると、ここがわからなくなる。
神様にもっと頼っていいってわからなかったよ。3歳児がママーできなーいって手を伸ばす感覚でいいなんて、知らなかったよ。
予備校の先生が「とりあえずペンを持つんだよ」って言ってて、何言ってんだと思ってたけど、今なら意味がわかる(笑)大事なことを教えてくれてたんだな。