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女神さまによろしく

ココロとカラダはつながってる。本当の命を生きるために。

DVを受けていた。

私はDVを受けていた。母から。

そんなマンガを読んで、あ、これDVって言っていいんだと思った。被害者にならないとか、母を理解しましょうとかで、自分が傷ついたことを言っちゃいけないと思っていたし、そのおかげで受け止めることから逃げていた。

客観的に、私はDVを受けた子供だ。しつけなんだと思えば、愛されてたんだと思いこめる。でもDVは犯罪だ。

相手が自分を傷つけたことを認めて、許す。自分が傷つけられるような存在であったこと…自分の価値をある程度認めていないと、受けとめきれず発狂してしまう事実。恐ろしい場面を直視して、しかも許す。ちゃんと自分を大事にした上で、相手のことをこだわらなくなる感じ。

 

母は私を愛してなどいなかった。いや、愛したいように愛していた。性的虐待で親が使う言葉、「自分の愛情の表し方はちょっと違っていたのかもしれない。」それはnoって言っていい。愛情を受けとめられない自分を責めなくていい。

 

友達が彼からDVを受けていたら、いやそれ犯罪だよ?離れようよって言える。「いや、愛されてるから。本当はあの人も辛くて、きっとわかってくれるから」って本人は言う。

本当にわからないのだ。渦中にいるときは。どっちが正しいのか。私の想いを信じちゃいけないのか、他人が言うことが正しいのか、信じて失敗したくない。だって判断を誤ったら、私をこんなにも愛してくれた人がいなくなる。

 

どうして好きな人がみなDV化していくのかわからなかった。

母との関係性を繰り返しているだけだった。私の中の怒りを、彼が感じ取って表しているだけだった。

親しい人は私に干渉する、私に入り込んでくる。そこまでは自覚があったけど、相手が自分の痛みに入り込んで、私を傷つける。そのパターンを初めて自覚した。

 

今は痛みが観えるほどには成長した。だからってむざむざ怒られ続けることはしない。本意をサクッと理解して、自分を守る。その場をサクッと切り上げることで、相手を加害者にしない。